『ぼっち・ざ・ろっく!』の結束バンドメンバーで、オンラインのカーレースを遊ぶショートストーリーです。誰が勝者となるでしょうか?
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プロローグ:ぼざろ休戦会議のベル
練習後の熱気が、部屋の隅で唸る換気扇にゆっくりとかき回されている。
ドラムの前に座り込んだ虹夏が、首にかけたタオルで汗を拭い、ペットボトルを高らかに掲げた。
「ふーっ、いい汗! でも、毎日ストイックなのも疲れちゃうし…ねえ、今日はさ、たまには遊ばない?」
「いいですね!」喜多が弦を拭く手を止め、悪戯っぽく笑う。
「じゃあ、オンラインレース対戦なんてどうでしょう? 私、けっこう自信あるんですよ。ゲーセンで育ちましたから! …なんて、えへへ」
アンプの上に腰掛けたリョウは、気だるげにコードを爪弾いた。
「レースか…興味はなくもない。説明書は読まないけど」
「えっ、えっ、お、オンラインとかですか…?」ギターケースの陰から、ぼっちがおずおずと顔を出す。
「その…『名前を入力してください』って言われた瞬間、社会に本名を提出させられてるみたいで指が震えるあの…」
「大丈夫だって、匿名だし!」虹夏は笑ってテレビをつける。
「よし、結束バンド臨時“休戦会議”、開催だー!」 #top
第1レース:それぞれの魂
画面に映し出されたのは、物理法則を無視したコースと、奇抜なデザインのマシンたち。
喜多が慣れた手つきでルームを作成していく。
「ルーム名は“結束グランプリ”! パスワードは“BTR”! よーし、招待を送ります!」
その隣で、ぼっちの手元では入力カーソルが無慈悲に点滅していた。
「な、名前…『ひとり』は孤独確定感が強すぎてダメ…『ぼちぼち』も語感が自虐的…『匿名希望』は既にアイデンティティが灰色…ああっ、『名前を入力してください』の圧がすごい…!」
「読むわけない。魂はマニュアルを嫌う」
チュートリアルを一秒でスキップしたリョウのマシンは、スタートの合図と共に、壁へ斜め45度の美しい角度で挨拶した。
「ちょ、リョウ!? いきなりクラッシュは芸術点高いけどさ!」
「私が操作を誤ったんじゃない。世界が私を受け止めきれないだけ」
「ふふっ、ここは減速してアウトからインへ…! いい感じ、独走状態です!」
一方、喜多は教科書のような美しいライン取りでトップを快走する。
そして最後尾のぼっちちゃんは、なぜか障害物の隙間だけを妙に器用にすり抜けていた。
(……むかし、ゲーム実況で見たことがある…。あの罠は、踏むとスピンして社会的信用がゼロになるやつ…。避ける、絶対に避けるんだ…!)
「ぼっちちゃん、すごい安定してる!」虹夏が感心する。
「その慎重さ、まさかの“陰キャ走り”が効いてる!」
盤石の走りで喜多が一位でゴール。
リョウは壁と友情を育み、ぼっちちゃんは無事故完走。
虹夏はレースを楽しみつつ、みんなを見守るバランサーだった。#top
第2レース:逆走の女神
二戦目。コースはさらにトリッキーになり、空中に伸びるレールや、唐突な急カーブがプレイヤーを翻弄する。
「よーし! 今回は私も本気でいくよ! まずはコースを覚えないと!」と虹夏。
「あっ、リョウ先輩! その角度からのハーフスピン壁ジャンプ…!?」
喜多の視線は、画面右上のリョウの挙動に釘付けだ。
リョウのマシンは、逆向きに滑走して壁に軽やかにキスしている。
「魂が逆走を選んだ。真理は常に逆風の中にある」
「それ、ただの逆走だから! ほら、矢印見て、こっちこっち!」
「あっ、尊い…リョウ先輩が尊すぎてコントローラーが…! うわぁあスピンしましたぁあ!」喜多が叫ぶ。
ぼっちちゃんは最下位で、ひたすら防御系のアイテムを溜め込んでいた。
心の中では、かつて見た配信の“攻略メモ”が高速でめくられている。
(このカーブは“減速しない勇気”じゃなくて“減速する勇気”…。私に勇気はあるのか…? いや、これは逃避じゃない、熟考だ…っ!)
デッドヒートを繰り広げる喜多ちゃんと虹夏ちゃんを尻目に、リョウは逆走芸を極め、チャット欄に【逆走の女神】という称号を授与されていた。
「称号…悪くない」#top
最終レース:陰キャのライン
最終レース。舞台は夜景の高層ビル群を縫う、危険なスカイウェイ。
ネオンがギターのフレットのように光り、エンジン音がベースの低音みたいに床を震わせる。
「ここはガチ! 私も本気で一位、狙いにいくからね!」虹夏が宣言する。
「負けませんよ! このコース、ショートカットがあるんです。ちゃんと減速できれば…」と喜多。
「減速は罪。私は速度に懺悔しない」とリョウ。
カウントダウン――3、2、1、GO!
喜多が完璧なスタートダッシュを決め、虹夏が正確なライン取りで続く。
リョウは説明書への反骨精神からか、鉄骨に軽く体当たりして火花を散らした。
「リョウ、それスピンするやつー! って、わー! 私も壁に当たったー!」
「リョウ先輩のドリフト、かっこよすぎて視界がリョウ先輩だけに…あっ、またスピン!」
その喧騒の後方。
ぼっちが、呼吸を整えるように小さくアクセルを踏んだ。
目の前に、ショートカットへの入り口が光る。
多くの者が飛び込み、そして失敗する罠のルート。
(ここは“入る勇気”じゃなくて、“見送る勇気”…。みんなが狙うなら、私は待つ。これが私の…陰のエアブレーキ…!)
目の前で虹夏と喜多が軽く接触し、笑い合いながら再加速していく。
リョウは魂の逆走をほんの一瞬だけ抑え、流れるようなスライドで前へ出た。
最終セクション、コース中央にランダム障害物が降り注ぐ。
その視界の外で、ぼっちは“予見した危険”を一つずつ潰し、静かに順位を上げていた。
(右に偽の加速床、左に粘着トラップ、中央に落下物…実況で“事故る三点セット”って呼ばれてた…。なら、私は…)
ほんの一瞬、四人の呼吸が合ったかのように、コースがクリアに見えた。
スティックを傾け、アクセルをふわりと緩め、また押し込む。ギターを弾く右手のように、細い力の波をいくつも重ねる――
「えっ、ぼっちちゃん来た!?」虹夏が叫ぶ。
「うそ、ラインがすごく綺麗…!」と喜多。
「観想が技巧を超えた瞬間か。悪くない」とリョウ。
ゴールのアーチが迫る。周囲がそれぞれの“らしさ”でわずかにコースアウトする中、ぼっちだけが無傷で駆け抜ける。
チェッカーフラッグが揺れ――彼女のマシンが、一番に光を飛び越えた。
《1位:ぼちぼち匿名希望。おめでとうございます!》
「えっ…わ、私、一位…? 世界が、一瞬だけ…こっちを見てる…?」#top
エピローグ:ひとりクラン(メンバー4名)
ハイスコア画面を前に、ぼっちちゃんは小さく拳を握っていた。
頬は上気し、その視線は珍しく、床ではなく前を見ている。
「わ、私…このゲームの世界なら、ちゃんと繋がれる気がします…! えっと、その、Discordに“ひとりクラン”を…立ち上げます!」
「待って! “ひとり”って言いつつ私たちも誘ってよ!」と虹夏。
「“ひとり”という名前の“四人”クラン、可愛い! 私、アイコン描きますね!」と喜多。
「会費は取らない。代わりに私の機材運搬を手伝ってもらう」とリョウ。
「それ、結局リョウが得するだけじゃん!」
みんなが笑う。テレビ画面の反射に四人が映り、ネオンの色が髪や指先を染めていた。
結束バンドの夜は、音がないのに、やけに賑やかだ。
帰り道、ぼっちちゃんがスマホのメモに何かを打ち込んでいる。
すぐに、グループチャットに通知が飛んだ。
『減速は逃避じゃない。熟考だ。陰のラインは、実は誰より遠くへ連れていってくれる。』
「名言きたー!」
「後藤さん、ポエムまで上手なのね…!」
「熟考は音楽。次のリハは“減速からの加速”をテーマにしよう」
明日も練習はある。ライブも近い。
でも今は、四人で同じルームにいる。
それだけで、十分に強い。
夜風が頬を撫で、遠くで街のエンジンがうなる。
“結束”という名のラインに沿って、彼女たちの速度は、まだ上がっていく。#top
この記事で登場したキャラクターたちのイラストは、こちらのギャラリーページでも高画質でご覧いただけます。
