椎名真昼は、どこへ行っても「天使様」と呼ばれるほどの完璧さで知られている。
けれど――朝だけは違った。
ふにゃふにゃで、ぼんやりしていて、誰にも見せられない、ちょっと抜けた素顔がある。
本来なら、その“小さな秘密”は一生誰にも知られずに終わるはずだった。
しかしある朝、たった一度の寝坊が真昼をとんでもない事件へ巻き込み、
“天使さまの知られざる一面”が世界へ流れ出すことになる。
ここから始まるのは、完璧な天使さまがいちばん人間らしく、
そして一番かわいく失敗してしまった、ある朝の物語。
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1.【お隣の天使様SS】天使さまのぼんやり顔
朝の陽ざしが、カーテンのすき間からふわりとこぼれ落ちてきた。
ベッドにうつ伏せ気味で転がっていた椎名真昼は、まぶたをピクッと震わせると、のろのろと顔を上げた。
「……ん……んん……?」
寝起き特有の、何が現実か夢かわからない“天使さまのぼんやり顔”。
パジャマはピンクのルームウェア。フードのひもが片方だけ結び目になっていて、完全に“寝てる間に自分で結んじゃったタイプ”だ。
髪はふわふわ。頬はほんのりピンク。
完全に「あと5分……いや10分……25分……」の顔だ。
そんな状態のまま、真昼は手探りでスマホを探す。
「あ、あった……ん、通知……いっぱい……?」
睡魔がまだ残っている指先でスワイプしながら、目をしぱしぱさせる。
――大事なゴミ捨て当番のメッセージ。
「あっ……今日だった……!」
真昼はベッドからぴょこっと跳ね上がった。
しかしその動きは、寝起きのゆるふわエネルギーでゆるゆるの動きだった。#top
2.解き放たれたパジャマ
「遅れる遅れる……んもう……!」
でも鏡の前には行かない。
髪を軽く手ぐしでとかしただけで「よし」と思ってしまうのが、家に一人のときの“天使さまの素”だ。
パジャマ姿のままパタパタ歩いて、もこもこソックスのまま玄関へ向かう。
靴……?
そんな概念は、今の真昼の脳には一切ない。
「急ぎ……急ぎ……!」
玄関の鍵をつまみ、勢いよくドアを開ける。
パタン。
――その瞬間、自宅から天使がそのまま外へ解き放たれた。
パジャマのまま。寝癖のまま。もこもこソックスのまま。
秋の空気がひんやりと頬をかすめる。
「……あれ、ちょっと寒い……?」
ようやく違和感に気づくのかと思いきや、
真昼は頬をほっぺたに当てたまま、ぼんやりと歩き始めてしまった。#top
3.街角の絵本
秋の並木道をふらふら歩く真昼。
紅葉がひらひら舞う中で、ピンクのパジャマの少女が歩く光景は――
はっきり言って、完全に絵本の世界だった。
「……ゴミ捨て場所、どこだっけ……」
耳の横でふにふにと髪を触りながら、眠そうに呟く。
道行く人々は、最初は目を丸くし、次に笑みをこぼし、そして最後はスマホを向けていた。
(……かわいすぎる……)
(パジャマの子が歩いてるんだけど!?)
(いや、天使だよね……?)
真昼は完全に気づいていない。
夢の中の延長だと思っている。
頬に手を当て、むにむに押しながら歩く天使。
これを見て保護欲が湧かない人類は存在しない。
「……ふぁぁ、眠……む……」
ほんのり赤い頬が、秋の風と共にさらにゆるんだ。#top
3.もこもこソックスの悲劇
ゴミ捨て場に到着した真昼は、ようやく違和感に気づく。
「……あれ? 袋……ない……」
気づくの、そこ?
両手を見つめた真昼の表情が、ぽよんとマヌケにゆるむ。
「……もしかして……持ってきてない……?」
そして、ようやく自分の格好を見下ろす。
ピンクのパジャマ。
ゆるい袖。
もこもこソックス。
足元は、外出用の靴じゃなく、ふわふわのまま。
「あれ……?」
一拍置いて。
「……えっ!? えっ!? ちょっ……や、やだ……!!!」
顔が一気に真っ赤になる。
「なんで……なんで……パジャマ……??」
両手で頬を覆ってうずくまる。
そんな真昼の背後で、カメラのシャッター音が二、三回。
「きゃっ……だ、だれかいたの……!?」
パニックモードに入った真昼は、パジャマの袖をつかんで、
必死に顔を隠しながら走り出した。
もこもこソックスのまま、秋の道を全力疾走する天使さま。
その姿はすれ違う人々に「……あっ……頑張って…」と謎の応援を生んでしまう。#top
4.天使さまが寝ぼけて歩いてた件
自宅に戻ると、真昼は玄関の扉にもたれて崩れ落ちた。
「……し、しんだ……」
いや、死んでない。
ただ全身が恥ずかしさで蒸発しそうなだけだ。
リビングにふらふら歩いてソファに座り、スマホを手に取る。
通知数――尋常ではない。
「……え……?」
【#天使さまが寝ぼけて歩いてた件】 【#パジャマの妖精】
【#もこもこソックスかわいすぎ】 【#保護欲の暴走】
トレンド入り。
「……は……っ!? な、なんで……っ!?!?」
SNSには、彼女が紅葉の中をふらふら歩く動画や写真が続々と投稿されていた。
「う……うそ……こんなの……!」
真昼はスマホを抱きしめて丸くなる。
「やだぁぁぁ……!!」
しかし、コメント欄は優しさに満ちていた。
「かわいすぎて保護したくなった」
「天使さまにも寝坊はある」
「癒やされた」
「朝から尊い」
「……うう……」
恥ずかしさと嬉しさと、よくわからない感情が胸に溢れ、
真昼は枕に顔を埋めて足をぱたぱたさせた。
「……もう……やだ……っ……!」
でも、ちょっとだけ、口元がゆるんでいた。#top
5.エピローグ:天使さまが街に舞い降りた朝
その日の昼すぎ。
真昼はちゃんと着替えて出かけようとしたが、玄関で一度立ち止まる。
「……今日は……ちゃんと鏡、見たよ……」
誰に言うでもない独り言。
その頬は、まだほんのり赤い。
「……もう、二度と……パジャマでは出ません……」
そう小さく誓いながら、真昼はそっとドアを開けた。
秋の光が差し込み、風が髪を揺らす。
「……はぁ……恥ずかしかった……」
でも――
どこか、少しだけ誇らしげだった。
だって、本当に一瞬だけだけど……
**“天使さまが街に舞い降りた朝”として、世界がざわついたのだから。#top
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