【ごちうさSS】秋色の小径で出会った、4人の“やさしさ”の物語

秋の深まるころ、チノ・マヤ・メグの三人は一緒に山へ行く計画を立てる。その先で一人の少女と出会いみんなできずなを深めていく・・・「ご注文はうさぎですか?」を題材にした二次創作ショートストーリです。

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ごちうさプロローグ:金色の約束

十月の午後。窓の外で木の葉が囁くように擦れ合い、教室に薄い金色の光が射し込んでいる。
終礼のチャイムが鳴り終わるころ、チョークの粉の匂いに混じって、
ふわりと焼き菓子のような甘い香りがしたのは、きっと季節が運んできた魔法だろう。

「チノ、見て! うさぎの耳みたいな落ち葉!これどう?!」
机に載せたカエデの葉を指でぱたぱたさせながら、マヤが笑う。

「……本当ですね。影まで耳の形をしています。ラビットハウスの新メニューに“秋うさぎの影絵ラテ”というのは、どうでしょう」
チノは小さく頷くと、ペンケースから白い付箋を取り出し、葉の茎にそっと巻きつけた。
「なくさないよう、印をつけておきますね」

「そういうところ、チノちゃんは本当に丁寧」
メグは頬杖をついたまま、その小さな気遣いを慈しむように見つめていた。
「あ、そうです。週末、近くの山の遊歩道にコスモスが咲いてるって。三人でいきませんか?」

「さんせーい! おやつは私に任せてっ!」
マヤが元気よく手を挙げ、ポケットから取り出したキャラメルをみんなの手のひらに配った。

その隣で、チノが再びペンを手に取るのを、メグの視線は捉えていた。
カエデの葉に結んだ付箋の、指先ほどの小さな余白に、彼女はこころを込めるように、几帳面な文字を書き添えている。

金色の西日が、チノの銀色の髪と、その真剣な手元をきらりと照らし出す。
メグには、そこに何が書かれたかまではっきりと見えなかった。けれど、分かった。
彼女が今、このささやかな約束を、とても大切に、宝物みたいに扱っていることが。

その丁寧な仕草ひとつひとつが、なんだかとても尊いものに思えて、メグはそっと目を細める。
この小さな付箋は、ただの印じゃない。チノちゃんの優しさが結ばれた、大切な約束のしるしになったのだと、彼女は心にそっと刻んだ。#top


第一章:はじめましてを運ぶ風

週末の朝。駅前で落ち合った三人は、歩幅をそろえて山の入り口へと向かう。
乾いた落ち葉がカサリと小さな音を立て、鳥の影が枝から枝へと軽やかに渡っていった。

「わぁ、空が近い……」
メグがリュックの肩紐をきゅっと握る。
「今日のテーマは、“うさぎの足跡を探せ!”だよ!」
先頭のマヤは、枕木の階段を前に元気よく振り返った。そして、手に持っていたカエデの葉をひらひらさせる。
「あ、これ持ってると走りにくいや。チノー、記念にあげる!」
「ふふ、仕方がありませんね」
チノは差し出された葉を丁寧に受け取ると、型崩れしないよう、リュックのサイドポケットにそっと差し込んだ。

「うさぎ、ですか?」
チノがこてんと首をかしげた、その時だった。
階段の上の、杉の木陰。ショートボブの髪を揺らした少女が、地図を片手に途方に暮れていた。

「道標、どっちだろう……」
子猫が迷い込んだような、澄んだ声が聞こえる。

「こんにちは。もしかして迷子かな?」
マヤが駆け寄ると、少女は少しだけ肩をすくめ、それでもまっすぐに三人を見つめ返した。
「……フユです。初めて来たから、道がわからなくなって」

「フユちゃん?」メグが微笑みかける。
「よかったら、一緒に行かない? 山は道が入り組んでいるから、一人だと心細いもの」

「この辺りの地図を印刷してきたんです。よかったら、どうぞ」
クリアファイルから一枚差し出すと、フユは目を丸くした。
「ありがとう。……あなたは?」

「チノです。こちらはマヤさんで、メグさんです」
「よろしく、フユちゃん!」
「よろしく」

名前を交わしただけで、山の空気がふわりと柔らかくなった気がした。
四人の影が並ぶと、木漏れ日がそれぞれの肩で弾ける。その光の粒が、どれもふぞろいなのが嬉しかった。

石段を登る途中、チノは苔の間にきらりと光るものを見つけた。
淡い水色の、小さなヘアピン。さっきすれ違ったフユの髪に、同じものがあった気がする。
すぐに声をかけようとしたけれど、楽しそうに話す三人の輪を遮るのをためらってしまった。
チノはヘアピンをそっと拾い上げると、ハンカチに包んでポケットにしまった。#top


第二章:木漏れ日と、ちいさな宝物

小径を進むたび、世界は宝物で満たされていく。
マヤはドングリを帽子のように重ねて「どんぐり将棋!」と陣を組み、メグは落ちたコスモスの花びらで“押し花メモ”を作っては、フユの地図に貼っていく。
「ここで見つけた印。帰ってから、しおりにできるね」

そんな中、チノはリュックから小さな保温ボトルを取り出した。
「温かいほうじ茶です。どうぞ。急に冷えると、体に障りますから」

フユは両手でボトルを受け取り、ふっと息を白くした。
「……あったかい。チノって、冬みたいに静かで、落ち着いてるね」

「名前が、季節を思わせるからでしょうか。実は誕生日が冬なんですよ」
「うん。実は私も、冬生まれ」

他愛ない言葉が、足取りを軽くする。
不意に、マヤが歓声を上げた。
「見て、うさぎ!」
指差す先、石段の隙間に二枚の落ち葉が並び、その影が耳のように伸びていた。苔が、まんまるな目に見える。

「本当です。……撮りますね」
チノがスマートフォンを構える。静寂に、乾いたシャッター音が響いた。
「ラビットハウスに飾れそうな、ささやかな一枚です」

「この辺り、昔は野うさぎがいたってお祖母様が言ってたわ」
メグが耳に手を当てると、フユもそっと真似をする。
「……草の、音がする」

四人で耳を澄ませても、聞こえるのは風と葉擦れの囁きだけ。
それでも何か――透明な足跡のような気配が、確かにそこに並んでいる気がした。#top


第三章:やさしさを分け合う時間

東屋に着くと、マヤは待ちきれずにリュックをごそごそと漁る。
「ジャーン! メープルクッキーと、ココア味のうさぎビスケット!」
「かわいい……」フユが目を輝かせると、マヤは「でしょ?“山でもラビットハウス!”作戦だよ!」と胸を張った。

「ティッピーが聞いたら喜びそうです。――お皿の代わりに、綺麗な葉を使いましょう」
チノがハンカチで葉脈をそっと拭き、メグがビスケットをお花のように並べる。
「ほら、ちいさな森の喫茶店ね」

その和やかな空気の中、フユがふと自分の髪に触れ、少し困った顔をした。
「……あれ、ヘアピンがない。さっき、風で飛ばされちゃったのかな」

その言葉に、チノはポケットを探る。
「もしかして、これですか?」
ハンカチの中から現れた水色のヘアピンに、フユは「あ、それ!」と顔を輝かせた。

「よかった。階段のところに落ちていました」
「ありがとう……! 気づかなかった。お母さんからもらった、大事なものだから……嬉しい」

フユが安堵の息をつくと、チノは少しだけ誇らしそうに、こう付け加えた。
「なかなか言い出せなかったんですが、渡せてよかったです。」#top


第四章:夕暮れが見つけた、季節のしおり

午後の光が傾き、影が長く伸び始める。
帰り道、谷あいから澄んだ音がこぼれた。
――カラン。
「鐘の音?」
耳を澄ますと、もう一度。風が背中を撫でるように鳴っている。

音を辿って小径を外れると、小さな祠と、風が奏でる竹の琴のようなものがあった。
葉を抜けた風が細い竹を揺らし、その先の金具が小石に触れて、清らかな音を生んでいた。

「地図には載っていませんでしたね」
チノが言うと、フユが祠の台座を指差した。
「見て。“落ち葉をひとつ結び、季節のしおりを持ち帰る”って」

台座には麻の紐が束ねられ、好きな葉を挟んでしおりにできるようになっていた。
「すてき……!」メグが胸に手を当てる。「秋の思い出を、本に閉じ込めておけるのね」

みんなが思い思いの葉を探す中、メグがふわりと微笑んで、チノに言った。
「ねえ、チノちゃん。朝の、あの付箋をしおりにするのはどうかな?」

「え?」

「“みんなで行こう”って書いてくれた、私たちの約束の印。今日のこの素敵な時間は、チノちゃんのあの小さな優しさから始まったんだもの」

メグの言葉に、隣にいたフユが小さく頷いた。
「“みんなで行こう”……いいな。私も、その輪の中に入れてもらえたみたいで、嬉しい」

二人の言葉に背中を押され、チノはリュックのサイドポケットから大切にしまっていたカエデの葉と付箋を取り出した。
朝の教室で結ばれた小さな約束が、夕暮れの光を浴びて温かく見える。

「……そうですね。では、ここに四人の名前を」
付箋に、四人の名前の頭文字を書き添える。C, M, M, F。

紐に結ぶと、それは今日のすべての優しさを束ねた、世界に一つのしおりになった。

日が傾き、山の稜線がオレンジに燃える。
帰り道の手前で、フユが足を止めた。
「……ねえ。もう一つ、しおりを作ろうよ」

「どうして?」
「私も、さっき迷ったから。次の“はじめまして”の人が、迷わずにこの場所を見つけて、季節を持って帰れるように」

フユの提案に、メグが「やさしいね、フユちゃん」と微笑み、マヤが「それ、絶対うれしいやつ!」と賛成する。
四人はもう一度祠に戻ると、メグが見つけた綺麗な葉に、マヤが拾った木の実を結びつけて、新しいしおりをそっと置いた。

自分たちの記念のしおりと、見知らぬ誰かのためのしおり。
小さな親切は、夕暮れの色を纏って静かにめぐっていくのだ。

竹の琴が、もう一度鳴った。
――カラン。
それは、世界に忘れられてしまうほど小さな音。
それでも、空気の隅々にやさしさを灯すには十分な、確かな響きだった。#top


終章:いつもの道と、新しい足音

駅へ向かう道すがら、チノのスマートフォンがふるりと震えた。
「ココアさんからです。“ラビットハウスに焼きたてのアップルタルトあるよー”、と」
「わぁ、行くしかないわね!」
「山のあとは喫茶店! これぞ黄金ルート!」
メグとマヤが声を弾ませる。

フユは、髪に留めたヘアピンにそっと触れた。
「……行ってみたい。チノの働く、お店」

「はい、ご案内します。季節のブレンドもご用意していますので」
チノの言葉に、四人の足取りが自然と同じリズムを刻み始めた。

夕暮れの街に戻るころ、空には一番星がひとつ。
四人の影は仲良く並んで伸び、角を曲がるたび、また寄り添う。
いつもの帰り道に、新しい足音がひとつ混ざる。それだけで、見慣れた景色がふわりと色づいて見えた。

――そして、ラビットハウスの扉を開ける。
カップの触れ合う音と、ほんのりとシナモンの香り。
「いらっしゃいませ」
その声は、今日の小さな発見をそっと包み込むように、静かで温かく、四人の胸にほどけていった。#top


他にもイラストは、ギャラリーページでも高画質でご覧いただけます。

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